住宅産業を再び持続可能な成長産業へ
ウッドステーション、その船出とサステナビリティ戦略
ウッドステーションが船出する。
高度経済成長とともに急拡大した日本の住宅市場は、人口減少社会の到来を前にして、ビジネスモデルの抜本的な転換が求められている。
そこに、大型木造パネル工法とIoT化による徹底した合理化と受託製造加工という新たなビジネスモデルをかかげて登場したゲームチェンジャーが、ウッドステーションだ。
近い将来、在来軸組工法を支えてきた「大工」が、現場から大量に退場していく。在来の世界でもプレカット材が使われるなど、一定の「工業化」は進められたが、それらは、単なる材料加工の工業化にとどまっており、更なる工業化・合理化の徹底が求められる。受託製造・加工という下請けに徹し、すべてのハウスビルダーに開かれたオープンファクトリーをめざす。
加藤 芳男 Yoshio Kato
コンサルタント、ファーストペンギン・ユニオンLLC 代表
三菱商事系列のコンサルティング会社を経て、現職。 地方創生プロジェクト、SDG s関連プロジェクトを数多くプロデュースしている。
塩地 博文 Hirofumi Shiochi
ウッドステーション株式会社 代表取締役社長
2018年4月 三菱商事建材 開発事業部長を退職し、ウッドステーションを起業する。大型パネルの開発者。モイス、国産材サプライチェーンの開発も行い、2003年グッドデザイン賞2005 年日経BP技術賞を受賞。
加藤 : ウッドステーションは、在来木造建築物の受託製造を行うという、これまでにないビジネスモデルで新たに事業を開始することになりました。創業の背景とウッドステーションが目指す企業としての将来ビジョンについて聞かせてください。
塩地 : ウッドステーションでは、ご質問にあった在来木造建築の受託製造・加工事業という新たなビジネスをスタートさせます。日本の住宅産業は、戦後の高度経済 成長とともに、急拡大しました。ピーク時、新築着工戸数は186万戸にまで達しました。その間、数多くの工法が市場に誕生しました。私たちが注目したのは、数多くの工法が生まれたにも関わらず、在来木造(木造軸組工法)が、常にトップシェアを占め続けてきたことです。これは、住宅産業がもともと地域産業であること、その生産を担い続けた大工の存在が大きかったことが大きな要因だと思っています。大工とは生産インフラだったのです。その大工が急速な減少プロセスに入ってしまったこと、一方では 高まる高品質要求、工期の短縮、現場作業者の負担軽減といった状況が生まれていることの双方から、大工機能を工業化する必要性が生まれていると考えました。
加藤 : 家電業界では、大手メーカーの製品の受託製造・加工を行うEMS(Electronics Manufacturing Services)という業態が成長し、台湾の鴻海のような巨大企業が誕生しました。木造建設の受託製造というビジネスモデルは、さしずめHMS(Housing Manufacturing Services)とでも表現できるかも知れません。但し、受託製造=下請けのプラットフォーム化を可能にするには、効率化や技術革新が不可欠となりますが、その点についてはどのように対応していくのでしょうか?
塩地 : 在来木造を工法面で進化させていること、加えて徹底的なIoT化推進や情報処理能力を向上させていることが弊社の強みです。古来より続いてきた在来木造も、工業化は進んでいます。プレカット、CAD/CAMの普及などが、現場で木材を刻むといった風景を消していきました。しかし、その工業化は、材料供給側(サプライサイド)からの工業化や効率化であり、建築側から見た工業化には至っていないのです。「材料の加工」の工業化に過ぎず、「建築の部品化」ではありません。この微妙で、しかし大きな落差は、現場の効率化や品質確保に影を落としています。
私たちは、受託製造・加工という新しいサービスを提供することで、いわば、“見える化”が進み、材料加工のレベルにに留まっていた工業化を、建築側の視座からの工業化に進めることが、大きな目標です。
大型パネルは、木材だけではなく、サッシや断熱材等も含まれます。木材だけの供給、サッシだけの供給、断熱材だけの供給といった個々の供給から、一体化された供給に進めることで、職人に依存してきた個々の建築材料の現場収まりは、なくなっていきます。熟練工を前提とした個々の建築材料の供給体制では、現場の負担は軽減されず、品質確保も人次第といった従来の仕組み、ジレンマから抜け出せないと思っています。
熟練工を前提とする仕組みでは、これからの在来木造事業の責任を果たせないとの思いが、大型パネルを開発した理由です。
加藤 : 在来木造建設の受託製造・加工を担うとは、わかりやすく言えば、地域ビルダーや工務店の下請けに回る、黒子として支える存在になるということでしょうか?
塩地 : その通りです。ウッドステーションは、すべての方々に開かれた会社です。オープンファクトリーとして、在来木造事業に関わるすべての方々を、顧客としてお迎えします。下請け製造に徹する会社です。そしてそのご注文をいただく先は、すべての企業を対象としています。
また、私たちは、躯体部分(スケルトン)に特化しています。主要構造を構成する木材、サッシ、断熱材など、基本として建築が出来上がった段階では目に触れない部分だけを、大型パネル化して、ご提供します。あとは、ご発注をいただいた住宅会社様、工務店様側で、自由に仕上げていただくというスキームです。減少していきますが、腕のいい熟練工は、貴重な建築資源でもあると思います。その方々の職域と分業していく仕組みです。
すべての方々に開かれたオープンファクトリーであること、躯体事業に特化することの2点が、在来木造事業の持続可能性に貢献できると考えています。
加藤 : 受託製造・加工に徹することで、製造プロセスの“見える化”と“効率化”を実現する、それは、「IT化あるいはIoT化によるイノベーションの創出」と言い換えることができると思います。ウッドステーションが、日本の家づくりをどのように変革していくのか、その点について次に聞かせてください。
日本の住宅産業は、他の製造業に比べて、IT化が著しく遅れてきた。ウッドステーションは、製造プロセスの徹底したIT化を実現することで、プロダクトアウト型になっていた在来木造のサプライチェーンをマーケットイン型に導くことができる。そのことが、スケルトンとインフィルの明瞭な分業、コスト・品質・責任の“見える化”など、さまざまなイノベーションをもたらす。
平島 寛 Yutaka Hirashima
コンサルタント、元日経アーキテクチュア編集長
日経BP社で建設雑誌「日経アーキテクチュア」「日経コンストラクション」の編集長を経験。幅広いネットワークと知見を生かし、コンサルタント業務を手がける。
平島 : 住宅産業も、ものづくり産業のひとつといえると思いますが、他の製造業に比べると、IT化の面では著しく遅れています。設計段階でのCADやそのデータを活用したプレカットなどが導入されるなど、個別のプロセスでは、確かにIT化は進められましたが、家づくりの製造プロセス全体が、IT化されることはありませんでした。前のお話でも指摘されていたように、日本では、大工という優れた職能集団が地域社会に存在していて、彼らが家づくりを地域で担っていたために、家づくりの製造プロセスは、大工の手元で全て完結していました。
そのため、設計や家づくりの前処理の段階では、完全な図面づくりや情報提供が行われなくても、現場でなんとかしてくれるという甘えの構造も生まれていました。しかし、ここにきて状況は大きく変わりました。今後、熟練した職人(大工)が、現場から大量にリタイアしていくことと、長期優良住宅やZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)など、住宅に求められる性能ハードルがどんどんと引き上げられ、従来の経験値やスキルだけでは対応が難しくなっています。
塩地 : 既に、ウッドステーションでは、設計(作図)、材料 加工(プレカット)、大型パネル製造、運搬、現場施工という一連のサプライチェーンを、一元的に取り扱うことのできるシステムを構築しています。
一般の方々は、最初に作られた図面が司令塔になって、その後の材料の調達、施工計画が一連の計画の下で進められていると感じられているかもしれませんが、最初の図面が持っている情報だけでは、実際の建築に対して、不足が生じています。従って、個々の場面で、情報や図面が別々に追加されていきます。その行間に、職人が存在し、現場でその埋め合わせを行います。設計図面起点のものづくりではなく、現場起点のものづくりとなっている理由は、大工をはじめとする熟練工への高い信頼感があったと思われます。従って、熟練工の減少が、ものづくりシステムの根幹を問うことになってしまうのです。その意味でも、大工はインフラだったと思います。大工の頭脳と技を“見える化=IT化”すること、情報化と工業化を同時に推進することで、住宅建設のプロセスを革新する時代が来ていると考えます。
平島 : ウッドステーションは、その職人依存の領域に光を差し込ませるということになりますね。住宅の製造プロセスの“見える化”を実現することは、日本の住宅産業にどんな変革をもたらすのでしょうか?
塩地 : よき影響をもたらしたいと思っています。大型パネルが業界デファクトとなれるなら、躯体と仕上げ、スケルトンとインフィルという明瞭な分業が確立します。それは、欧米ではスタンダードとなっている建築供給体制と同じになっていきます。コスト、品質、責任も明瞭化され、施主にとっても、建築業者にとっても、見える化が進むと自負しています。
それ以上に大きな変化は、プロダクトアウト型になっている建材や木材の生産、流通を、マーケットイン型に導くことです。需要の縮小期に入っているにも関わらず、建材や木材の生産や流通はプロダクトアウトのままです。実際の需要を確認することが難しく、見込みで生産したり、流通在庫を保有したりしています。木材はその典型例で、サプライチェーンの上流に位置するため、過去の実績や経験で生産計画が組まれて、流通在庫が積み上げられています。やや刺激的な言い方をすれば、勘と経験が支配しているとも考えられます。需要が拡大していくならば、その積み上げられた流通在庫も、時の経過とともに解消に向かいますが、需要縮減期には大きなリスクとなります。それは1社のリスクではなく、業界の抱えるリスクでもあります。大型パネル事業では、先行して詳細まで網羅した設計図書を作成していきますので、実需を細部まで捕捉します。かつ、それがいつ建設されるのかといった情報の下で生産されます。従って、日時、数量、形状、部位、品番等のすべての情報を保有しています。それを、サプライチェーンの上流に伝達し、共有させることで、無駄とリスクを排除できると考えています。
このマーケットイン的手法は、ウッドステーションだけではなく、海外でも始まっています。IT技術を駆使して、建設業と生産工場を一元的に繋げるイノベーションが起きています。インターネットの普及、CAD性能の向上、BIMの普及もあるとは思いますが、そもそも建設は、プロダクトアウト的な考え方になじまず、マーケットイン的な思想に基づいているので、マーケットインやIoT化と相性がいいのかもしれません。
輸入材に依存してきた日本の住宅産業。しかし、徹底したIoT化の推進により、サプライチェーン上の木材の情報を記述し流通させること、「仮想木材」化が実現できると、その情報を国内産地に繋げることができる。そのことにより、本来、需要地に近いという『場所メリット』を持っている国産材を木造住宅の中心構成要素にすることができ、国産材活用に大きく貢献することも可能になる。
加藤 : 住宅製造のプロセスを“見える化”し、そこで扱う情報をITで処理していくということが可能になると、製造プロセスの合理化・効率化だけでなく、住宅産業に関わるサプライチェーン全体にその影響が及んでくるのではないかと思います。例えば、国土の7割が森林で占められるこの国にあって、日本の木造建築の多くは、海外からの輸入材に依存してきたという歴史があります。こうした不自然な状況を変えていくインパクトにもなりうるのではないでしょうか?ウッドステーションと林業、日本の山との関わりはどのようになっていくのでしょうか?
塩地 : 木造住宅建設のサプライチェーンを考えれば、日本の森林資源に、その解を求めることになります。国策でもあり、資源飽和期を迎えている国産材を活用することは、ウッドステーション設立の目的の一つです。サプライチェーンを考える上で大事なのは、ジャストインで供給できる『場所』に存在することです。距離、納期に大きな供給スパーンを抱える海外の木材は、持続可能であるべき木材のサプライチェーンになじみません。伐採、運搬、乾燥、製材、加工と、生産まで時間を要する木材は、サプライチェーンの阻害要因と考えられてきました。国産材は、生産、乾燥設備への投資も進み、需要地に近いという『場所メリット』を持っています。木造住宅のサプライチェーンの中心構成要素となりうる条件を満たし始めています。
例えば、大型パネルで建設を予定する住宅は、部材のジャストサイズ、用途、使用時期などをすべてデジタル情報として、建設する前の段階で保有しています。これを、『仮想木材』として、「仮想丸太」に転換することは自在です。この仮想木材や仮想丸太の需要を、木材供給者に共有したならば、無駄な伐採も生産もなくなります。マーケットインで生産できるのです。
加藤 : 「仮想木材」とは、大変興味深いコンセプトです。仮想通貨が実体通貨を超えて、情報空間上の通貨として流通していったように、木材の情報がサプライチェーン上で流通し、取引されていくようになるということですね。木材のIoT化と言ってもよいでしょう。
塩地 : その通りです。この考え方を極めると、森で茂っている樹木そのものまで、遡ることができます。都市の建設需要と森林がITによって、直接繋がるのです。マーケットイ ンの思想で、森林資源と都市が共存できたらと思います。
加藤 : 仮想通貨を可能にしたのは、ブロックチェーンと呼ばれる情報の記述形式に関する新たなテクノロジーの出現ですが、仮想木材にブロックチェーンを適用していくことも考えられます。木造住宅の部材情報が正確に記述され、それがクラウド上の仮想取引市場にアップされると、その情報に適合した森林の木材情報とマッチングされ、取引が成立します。その情報はブロックチェーン上に記述、承認され、個々の木材のトレーサビリティも担保するものになります。この家のこの柱は、〇〇県の△山の□さん所有の山林から伐り出されたものということがわかるわけです。目線を世界に転じると、新興国の住宅需要の急拡大を受けて木材資源は世界的に稀少化してきており、公正な生産と流通が認証された「フェアウッド」であることが求められるようになっています。「仮想木材」を通じて、その来歴やトレーサビリティが担保されることは、そうしたフェアウッドを求める世界的な潮流とも合致することになるでしょう。
塩地 : 建設業、それも住宅産業と国内林業が共存したら、素晴らしいことですし、ウッドステーションの方向性そのものでしょう。仮想木材の実現に向けて、大型パネル事業のIT化に先ず取り組み、サプライチェーン全体に波及させることでIoT化を実現していきます。
建築の世界でも持続可能性の高い建材、木材を活用するウッドファースト社会への流れが顕在化している。ウッドステーションは、国産材の活用を推進するとともに、大量供給と規格化の対極にあり、身近な場所にある木材を残さず使い切るという「在来軸組み工法」の持続可能性に着目し、「在来」の再発見、現代における新たな定義づけを目指す。
平島 : 21世紀になって木材を都市空間や建築物に積極的に取り入れる「ウッドファースト」の流れが顕在化してきました。国内的にも、2010年の木材利用の促進法の施行や、新国立競技場への全国各地の木材の採用など、木材をめぐってさまざまな動きが生まれています。ウッドステーションの船出も大きくはそうした流れの中に位置づけられると思います。その背景には、建築の世界でも持続可能性を追求するという時代の要請があるのではないかと思います。
塩地 : 日本のみならず世界が、建築の持続可能性を強く意識し始めているのでしょう。再生可能の木材で、建築需要を支えることは、都市の森林化だとも言えます。ウッドステーションの役割は、その名前の通り、ウッドを主役とする思想を持ち続けていくことだと思っています。一方で、「資源の持続可能性」も考えなくてはなりません。木材はユニバーサルな資源である一方、その生産性から供給がプロダクトアウト一辺倒に陥りやすい資源でもあります。生産効率至上主義のように、例えば、伐採効率、運搬効率、製造効率と、効率を点で捉えた供給スタイルとなっています。
平島 : 日本の伝統的な木造軸組工法は、大量供給と規格化を前提とした生産システムとは、本来異なる所で成立していたのではないでしょうか?
塩地 : その通りです。在来木造は、日本人の思想性に根差している工法だと思います。里山にある木を見ながら、これは梁に、ここは柱にと、山や木と会話しながら、伐り出して製材し、建設していました。従って、一つの規格サイズではなく、木材を余すことなく残さず使うことが優先され、規格化、統一化が進みませんでした。それは、効率重視の考え方からすると、無駄に多品目の製品を生み出していると、不可解に映るのかもしれません。しかし、木材資源が貴重となっている現在、残さず使う、身近な場所のものを移動させずに使うという考え方は、持続可能性が求められる、これからの時代を先駆けているとも考えられます。それを可能とするのが、ITを使った仮想木材という考え方です。大型パネル事業が、森林資源との親和性に貢献してくれたらと思います。
平島 : そうするとウッドステーションの事業は、「在来」の再発見、あるいは現代における新たな定義づけといっても良いかも知れませんね。中国政府が昨年、日本の木造軸組工法を工法として認めるという方針を打ち出しました。今後、「在来」をグローバル化していくということも可能であれば、日本の住宅産業を輸出産業化していく道も開かれるかも知れません。
塩地 : ベンチャーに過ぎないウッドステーションには、途方もないお話ですが、お役に立つなら、何でもしたいと思います。